この度、木島敏樹先生が筆頭著者として執筆した論文が、泌尿器科領域の国際的な学術誌であるBJUI Compassに掲載されました。本研究は、昨年当科の古藤野茉莉子先生が報告した先駆的な研究成果を基に着想され、さらに発展させた重要な研究です。

 

論文の概要

タイトル: Predictive role of ABC transporters in the efficacy of enfortumab vedotin for urothelial carcinoma
(尿路上皮癌におけるエンホルツマブベドチンの効果に対するABCトランスポーターの予測的役割)
掲載誌: BJUI Compass
発表日: 2025年1月11日(電子版先行公開)

 

研究の背景

膀胱癌をはじめとする尿路上皮癌は、泌尿器科領域で最も頻度の高い悪性腫瘍の一つです。進行した尿路上皮癌に対しては、従来プラチナ系抗がん剤による化学療法が標準治療とされてきましたが、多くの患者さんで治療抵抗性や副作用の問題がありました。
近年、エンホルツマブベドチン(EV)という新しい抗体薬物複合体が登場し、転移性尿路上皮癌の治療に革新をもたらしています。しかし、すべての患者さんに同様の効果が得られるわけではなく、治療効果を予測する因子の解明が重要な課題となっていました。
昨年、当科の古藤野茉莉子先生は、エンホルツマブベドチン耐性を獲得した尿路上皮癌症例において、ABCトランスポーターという薬剤排出ポンプの発現が増加していることを世界で初めて報告しました。この先駆的な発見を受けて、木島先生らはより大規模な研究でこの仮説を検証することを着想しました。

 

研究方法と対象

2022年から2024年までの3年間に獨協医科大学病院でエンホルツマブベドチン治療を受けた転移性尿路上皮癌患者さん20例を対象に、後ろ向き研究を実施しました。
免疫組織化学染色という特殊な染色方法を用いて、腫瘍組織におけるNectin-4(エンホルツマブベドチンの標的分子)とABCトランスポーター(MDR1、MRP1、BCRP)の発現を詳細に評価し、治療効果との関連を解析しました。

 

主な結果

研究の結果、以下の重要な知見が明らかになりました:

 

  1. 治療効果の予測: ABCトランスポーターの発現が高い腫瘍では、無増悪生存期間が有意に短縮し、エンホルツマブベドチンに対する反応性が低下していました
  2. 最適な治療対象の特定: Nectin-4陽性かつABCトランスポーター陰性の腫瘍を持つ患者さんで最も良好な治療成績が得られました
  3. 疾患進行との関連: 非筋層浸潤性膀胱癌から筋層浸潤性、さらに転移性へと疾患が進行するにつれて、Nectin-4の発現は低下し、ABCトランスポーターの発現は増加する傾向が認められました
  4. 新たなバイオマーカーの発見: ABCトランスポーターの発現がエンホルツマブベドチンの治療効果を予測する新たなバイオマーカーとなることが実証されました

 

臨床的意義

この研究成果は、尿路上皮癌の個別化医療において極めて重要な意味を持ちます:

 

  • 治療選択の最適化: 治療開始前にABCトランスポーターとNectin-4の発現を評価することで、エンホルツマブベドチンの効果を予測し、最適な治療戦略を選択できる可能性があります
  • 治療抵抗性の予測: ABCトランスポーター高発現例では治療抵抗性が予想されるため、代替治療法の検討や併用療法の開発につながることが期待されます
  • 新たな治療標的の発見: ABCトランスポーターを標的とした治療法の開発により、エンホルツマベドチン耐性を克服できる可能性があります

 

先行研究からの発展

 

本研究は、古藤野茉莉子先生の先駆的なケースレポートから着想を得て実現した発展的研究です。単一症例での観察から始まった仮説を、より大規模な患者群で検証し、統計学的に有意な結果を得ることができました。
古藤野先生の研究が「種を蒔く」発見であったとすれば、木島先生の研究はその「芽を育てる」発展的研究として、臨床応用への道筋を示した重要な成果といえます。このような継続的な研究の積み重ねこそが、医学の進歩を支える基盤となります。

 

今後の展望

本研究の成果を受けて、以下のような発展が期待されます:

 

  • より大規模な多施設共同研究による検証
  • ABCトランスポーター阻害剤との併用療法の開発
  • 治療効果予測のための診断キットの開発
  • 個別化医療の実現に向けた臨床応用

 

現在進行中の基礎研究

この研究成果に基づき、現在当科の大学院生である植松稔貴先生と国分英利先生が、尿路上皮癌細胞のエンホルツマブベドチン耐性株におけるABCトランスポーターの発現解析や、ABCトランスポーター阻害剤による治療耐性克服をテーマとして基礎実験を実施中です。
臨床から得られた仮説を基礎研究でさらに知見を深めて、最終的に臨床の患者さんへの治療応用を目指すトランスレーショナル研究として、さらなる発展を期待しております。このような「ベッドサイドからベンチへ、そして再びベッドサイドへ」という研究の循環こそが、真の医学の進歩をもたらし、患者さんの治療成績向上に直結する重要な取り組みです。

 

木島敏樹先生、論文掲載おめでとうございます。古藤野茉莉子先生の先行研究を発展させた本研究が、尿路上皮癌患者さんの治療成績向上と個別化医療の実現に大きく貢献することを期待しております。