この度、当科の国分英利先生が筆頭著者として執筆された論文が、核医学分野の権威ある国際学術誌「Annals of Nuclear Medicine」に掲載されました。本研究は、前立腺癌患者さんの治療において重要な合併症である薬剤関連顎骨壊死の早期発見に関する画期的な成果であり、臨床現場での患者さんの安全性向上に大きく貢献することが期待されます。
論文の概要
論文タイトル: ΔBSIJ: a quantitative marker for early detection of medication-related osteonecrosis of the jaw in patients with prostate cancer receiving bone-modifying agents
掲載誌: Annals of Nuclear Medicine(2025年7月3日オンライン先行公開)
研究の背景
前立腺癌は男性に多く見られる癌の一つで、進行すると骨に転移することがあります。骨転移が起こると、骨の痛みや骨折のリスクが高まるため、骨修飾薬(BMA)という薬剤を使用して骨の状態を改善する治療が行われます。しかし、この治療には「薬剤関連顎骨壊死(MRONJ)」という重篤な副作用が起こる可能性があります。
MRONJは、顎の骨が壊死してしまう病気で、一度発症すると治療が困難で、患者さんの生活の質に大きな影響を与えます。そのため、MRONJを早期に発見し、予防することが非常に重要とされています。しかし、従来の検査方法では、症状が現れてからでないと診断が困難であり、より早期に発見できる方法の開発が求められていました。
研究の内容と成果
本研究では、骨シンチグラフィという核医学検査を用いて、MRONJの早期発見を可能にする新しい指標「ΔBSIJ(デルタ・ビーエスアイジェー)」を開発しました。
骨シンチグラフィは、放射性医薬品を注射して全身の骨の状態を画像化する検査で、骨の代謝活動を詳しく調べることができます。研究チームは、BONENAVIという専用ソフトウェアを使用して、顎の部分の骨シンチグラフィ画像を定量的に解析し、治療前後での変化を数値化することに成功しました。
前立腺癌の骨転移患者さん33名を対象とした研究の結果、以下のことが明らかになりました:
- 追跡期間中(中央値29ヶ月)に10名の患者さんがMRONJを発症
- MRONJを発症した患者さんでは、ΔBSIJの値が有意に高いことを確認
- ΔBSIJが0.039以上の場合、60%の感度と91%の特異度でMRONJの発症を予測可能
- この指標により、MRONJの発症リスクの高い患者さんを早期に特定できることを実証
臨床的な意義
この研究成果は、前立腺癌の治療において以下のような重要な意義を持ちます:
- 早期発見による予防効果: ΔBSIJという客観的な指標により、症状が現れる前にMRONJのリスクを評価できるようになります。これにより、高リスクの患者さんには予防的な処置を行ったり、治療方針を調整したりすることが可能になります。
- 患者さんの安全性向上: MRONJは一度発症すると治療が困難な疾患ですが、早期発見により適切な対応を取ることで、患者さんの生活の質を保つことができます。
- 客観的な評価方法: 従来の診断方法は医師の経験や主観的な判断に依存する部分がありましたが、ΔBSIJは数値化された客観的な指標であり、より正確で再現性の高い評価が可能になります。
- 非侵襲的な検査: 骨シンチグラフィは既に臨床で広く使用されている検査であり、患者さんへの負担が少ない方法でMRONJのリスク評価ができます。
今後の展望
本研究で開発されたΔBSIJは、前立腺癌患者さんの治療において新たな標準的な評価方法となる可能性があります。今後は、より多くの患者さんを対象とした大規模な研究や、他の癌種での応用についても検討が進められることが期待されます。
また、この指標を用いることで、個々の患者さんに最適化された治療戦略の構築が可能になり、より安全で効果的な癌治療の実現に貢献することが期待されます。
共同研究への感謝
本研究は、獨協医科大学放射線科の曽我茂義教授、中神佳宏教授との密接な連携により実現いたしました。核医学検査の専門的な知識と技術、そして画像解析に関する豊富な経験をご提供いただき、本研究の成功に大きく貢献していただきました。両教授のご指導とご協力に心より感謝申し上げます。
泌尿器科と放射線科の学際的な協力により、患者さんにとってより良い医療の提供を目指す当院の取り組みの一例として、今後もこのような連携を深めてまいります。
おわりに
獨協医科大学泌尿器科では、患者さんの安全と治療効果の向上を目指し、常に最新の医学研究に取り組んでおります。本研究の成果が、前立腺癌の治療を受けられる患者さんの安全性向上に貢献し、より良い治療成績の実現につながることを願っております。
今後も、基礎研究から臨床応用まで幅広い分野で研究活動を推進し、患者さんに最良の医療を提供できるよう努めてまいります。
論文情報
タイトル:ΔBSIJ: a quantitative marker for early detection of medication-related osteonecrosis of the jaw in patients with prostate cancer receiving bone-modifying agents
掲載誌:Annals of Nuclear Medicine
DOI:10.1007/s12149-025-02078-9
PubMed ID:40608250