すぎもと医師のよもやま話

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第1回 『不妊患者ケアとの出会い』

 
 私がそもそも「不妊患者ケア」というテーマに出会ったのは2004年のことでした。当時の私は産婦人科医として10年目でありました。静岡のある公立病院に出向した私に産婦人科部長が「ここを心理ケアが充実した不妊治療施設にしてほしい。」と言われたことが始まりです。私は上司に対してすぐにイエスと言ってしまうので「はい、わかりました。」と応えました。不妊患者さんが多くの悩みを抱えていることはなんとなくわかっていましたが、当時は不妊患者さんの心理に関する教科書や論文もほとんどなく、何から手をつけていいのかわからない状態でした。不妊患者さんの心理の問題を扱う学会で規模の大きいものとして日本不妊カウンセリング学会、日本生殖心理学会があげられますが、いずれも21世紀に入ってからできたものです。それから私は多くの方に出会うことになりました。辛い経験、悲しい経験もしました。不妊患者さん、臨床心理士、ピアカウンセラー等、多くの人たちから学びました。このコラムでは私が学んだこと、考えたことを紹介しながら一緒に不妊患者ケアの問題を考えたいと思います。不妊治療の当事者である方、不妊治療に従事している方のお役に立てれば幸いです。

第2回 『妊娠反応陰性の時」

 
 「不妊患者ケアをやる。」そう志して静岡の公立病院(F病院とさせてください)で診療を開始しました。とりあえず、患者さんを元気づけようと明るい雰囲気で診療しました。しかし、どうしても明るい雰囲気にはなれない時があります。体外受精を行っても妊娠反応が陰性だった時です。「残念だったけど、次頑張ろう!」そう励ましてしまいました。患者さんはもっとつらそうな顔をして椅子から立ち上がることができません。どう声をかければいいのか、そのころの私は知りませんでした。むしろ、そういう状況で患者さんを励ましてはいけない、というタブーを犯していました。診察室を出た後から泣き声が聞こえてくることもありました。私自身も治療が不成功に終わった悔しさ、患者さんに何のケアもできない辛さで頭が真っ白です。たまに妊娠反応がでれば、本当にうれしい不妊外来ですが、妊娠反応陰性が続くと、こちらの気持ちも持たなくなり、時にスタッフに八つ当たりすることもありました。目の前で苦しんでいる人を救う具体的な方法が書いてある論文などはいくら探しても見つかりません。挙句の果てには夫婦喧嘩の時に「お前なんかに、患者さんが妊娠できなくて泣いているのを見て何もできない俺の辛さなんかわからないだろ!」と言って、自分が泣き出す始末でした。患者さんが具体的にどのように苦しんでいるのか、我々はどうケアをすべきなのか、そのことを教えていただける機会が来たのはF病院に就任してから10か月ほど経った時でした。

第3回 『H先生との出会い』

 
F病院に就任して10か月ほどした時に、静岡県の不妊症勉強会がありました。2個か3個講演がありましたが、不妊患者さんの心理の問題の第一人者である臨床心理士のH先生のご講演がありました。そのご講演で私はまさに目からうろこが落ちたのです。不妊症の患者さんはすでに頑張りすぎるくらいに頑張っている。頑張ってと励まされても、これ以上何を頑張ればいいのだ、と余計に苦しくなる。努力しても何の結果も得られないという経験を我々はあまりしたことがない。結果が出ないことイコール自分は価値がないと勘違いしてしまう。これまで経験したことのないくらい、時間とお金、病院に通い続けるという努力をしたにも関わらず、自分の価値を認められなくなってしまうのだ、ということがわかりました。すごい衝撃を受けたと同時にいかに自分が間違ったケアをしていか恥ずかしく思いました。それからはむやみに励まさない、自分を価値がないとか思わないでほしい、と伝えるようになりました。しかし、それでもまだまだ不十分でした。当時はEBMという言葉が出始めたころで、とにかくいろんな文献を読んで、最も根拠のある医療をやっている、というのがある意味ファッションでもありました。今を思えば、パターナリズム(父権的)な医療をしていました。上から目線で「ああしなさい、こうしなさい。」という態度だったと思います。不妊患者さんが何に苦しんでいるのか、少しは理解できたのですが、私がどう振る舞うべきか、そこまでの知識はありませんでした。これから辛い経験をしながらさらに患者ケアを学んでいくことになるとはそのころは予想もしていませんでした。

第4回 『不妊カップルについて』

 
 ここまで私の経験ばかりだったので、今回は少し趣向を変えます。不妊症のカップルについてのお話をします。10年以上前に出た日本人の不妊カップルの心理面について研究した論文でこんな話がありました。「日本の不妊女性は夫のサポートが足りないと感じており、不安感、抑うつ感が高まっている。」なんとなくわかる気がします。確かに患者さんの中で、ご主人が協力的でない、と言われる方は結構な割合でいらっしゃいます。それでは男性は女性をサポートしないでいいと本当に考えているのでしょうか?もう10年以上前になりますが、非常に興味深い学会発表がありました。女性は不妊治療で最も高いプライオリティとして「妊娠」をあげるのに対して、男性は「女性が安全であること」とあげるというものです。どんどん不妊治療にのめりこんで行く女性に対して男性は、「そんなに無理しないでほしい。」と考える。でも、自分はあまり何も手伝えることがないので、女性から「あなた、このクリニックの先生の言うこと私に当てはまってるよね。今度はこのクリニックに行こうよ。」と言われた時に、思わず「君の好きなようにすればいいよ。僕は君のやることに何の反対もしないから。」と言ってしまう。男性は気遣って言ったつもりが女性には「この人はなんで一緒に悩んでくれないのだろう。」と感じてしまうというものです。日本人の男性にありがちなことと思いますが、不妊治療というつらい体験を夫婦のコミュニケーションを深める機会にしていただきたいです。

第5回 『どういう姿勢で意思決定するべきか1』

 
 今回は「意思決定」という言葉について考えてみたいと思います。患者さんの「意思決定」を尊重することはもちろん大切です。より良い意思決定をするために、より適切な情報提供を行う努力が我々医療者には求められます。私が医者になった頃はまだ、偉そうなお医者さんが「いいからこうしなさい!」的ないわゆる父権的(パターナリズム)な医療が幅を利かせていました。要するにその頃は「意思決定」は医療者がしていたのです。私の研修が明ける頃、インフォームド・コンセントという概念が広まり、これからは「意思決定」するのは患者さんだ、そう考えるようになりました。なんというか歴史の教科書にでてくる革命が医療の世界におきたようなものでした。暴君であった医者の圧政から解放された患者さんたちが民主主義を勝ち取った、そんな感覚だったことを覚えています。患者さんに説明する時にも「患者さんが決定して下さい。私たちはそれに従います。」というセリフを最後に付け加えていました。患者さんを人として大切にしている、尊重している医療をやっている、患者さんも喜んでいる、そう思える場合がある反面、困惑した顔をされる患者さんも多くいました。困った顔をされても我々は口をだしてはいけない、患者さんの意思決定に逆らうなどありえないし、干渉してもいけない、そんな考え方をしていたように覚えています。違和感を多少は感じるものの、それが正しい医療の在り方だ、そう思い込んでいたのです。この違和感を解消できる意思決定に対する考え方について次回説明させていただきます。

第6回 『どういう姿勢で意思決定するべきか2』

 
 前回の続きになります。意思決定の在り方についてお話します。医療における意思決定は単純なことばかりが対象ではありません。大きな経済的、時間的な犠牲を払っても決して高くない成功率である不妊治療を行うことには多くの葛藤があるでしょう。100%の納得というものはないでしょう。それでも意思決定をしなくてはならない、それを患者さんに全て任せてしまっていいのか、そういう疑問をぼんやりと抱いていました。私ががん・生殖医療という領域について学ぶようになりShared Decision-Making(共有意思決定)という言葉を知りました。複雑な意思決定に対しては、医師はなるべく分かり易く説明し、患者さんもリテラシーを高めて一緒に意思決定することが望ましい。わかるようなわからないような表現ですが、少なくとも患者さんに責任丸投げではないから、それでいいのだろう、そう考えました。しかし、思うような結果が得られなかった場合は誰の責任になるのだろうか?なんか責任の所在をあやふやにしている、そうも感じました。そのあたりのことについて最近になってようやく整理がついてきました。そもそも何のための意思決定なのか、結果が悪かった場合に誰かを責めるために意思決定をしているわけではありませんよね。自分のお子さんを持つという幸せを目指して、決して高い確率ではない生殖医療に挑む、不妊治療に挑む、患者さんと医療者がよく話し合い、折り合いをつけて落としどころを見つけてその意思決定を行う。結果が良ければ一緒に喜び、悪ければ一緒に悲しむ、一緒に受け止めること、それこそが大切なのではないか、ようやくそういう結論にたどり着きました。患者さんに理解していただきたいのは、自分一人で意思決定をしなくてはいけない、結果は自分一人で受け止めなくてはいけない、と思わなくていい、ということです。誰かが一人責任を感じて苦しみ、それを表出できない外来にはしたくないと考えています。一緒に葛藤し、喜び悲しめる外来を目指したいと思っております。

第7回 『Shared Decision-Makingという言葉についての思い出など』

 
 前回、前々回と意思決定について一緒に考えさせていただきました。Shared Decision-Makingのような医療の在り方がなぜなかなか普及しないのか、その原因は、日本の文化的背景に行きつくのではないか、と考えます。何らかのアクシデントがあれば、「責任者は誰だ!」とヒステリックに悪者探しをする風潮があるのではないか、と思えるのです。10年ちょっと前に「医療崩壊」という言葉が社会現象になりましたが、その原因の大きな一つが、医療現場で予期しない悪い結果が得られた場合に(過失があるかないかに関わらず)、医師及び医療者を糾弾することが行われるようになったことだと考えられます。少なくとも医療現場にいる私たちは、何人かの医師が悪者として糾弾され燃え尽きて、そして、あるものはそのような目に遭っては損だとばかりに緊急性やリスクの高い現場から立ち去っていくのを見ました。そのような背景の中で医師及び医療者はまずは自分を守ることを考えなくてはならなくなりました。それももちろん大切なことですが、インフォームド・コンセントの意味が少しずつ変質していったような気がします。私ががん・生殖医療の「心理社会学的支援」についてNorthwestern大学のTeresa K. Woodruff教授の元で学んでいた時の話です。Woodruff教授と研究について議論をしている時に私が片言の英語で「Decision-Making」というとWoodruff教授は「Shared!」と言って私を叱りました。その時は、そんなに怒るところかなあ?と思っていましたが、今になってよく理解できます。「患者さんに丸投げなんてありえないよ!」と私に伝えたかったのだと思います。それから3年近くたってようやく私の中でShared Decision-Makingについて咀嚼できて説明できるようになったと思います。患者さんも医療者の方もこのような考え方にたって一緒に不妊治療を行っていければいいなと願っております。

第8回 『COVID-19に思う』

 
私が大学を卒業して医師になったのは1995年でした。1月の卒業試験中に阪神淡路大震災が起こりました。携帯もスマホもない時代でしたので、神戸出身の同級生が泣きそうな顔をしながら公衆電話から電話をしていたのを覚えています。3月に医師国家試験があり、試験後、後輩や友人たちとしたたかにお酒を飲み、翌朝、目を覚ましてテレビをつけると地下鉄サリン事件で東京がパニックになっていることがわかりました。
小さいころに親や祖父たち親戚の集まりで戦争の時の話を聞くことがありましたが、平和の中に育ってきた自分たちがこんな事態に出会うことになるとは想像していませんでした。産婦人科医として紆余曲折、時には悲しいお産にも立ち会うこともありましたが、ただただ毎日追われるように生きてきました。2011年に東日本大震災を経験し、石巻赤十字病院に派遣され、壊滅した石巻の街を城山から眺めました。戦争こそ経験しなくとも、これまで予想できなかった出来事、災害などを経験してきました。
そして、今回のCOVID-19のパンデミックです。4月の終わりに本学の1年生に対して「生殖医療倫理と意思決定支援」というタイトルで講義を行いました。最後の方にCOVID-19についても話しました。「今、不妊治療を行うことは正しいことなのかどうか?患者さんに治療を待ってもらうことが正しいことなのかどうか?私も答えがなく倫理的に葛藤しています。これまで自分はステップアップで不妊治療を行ってきたけど、それでよかったのか?明日も明後日も来年もその後もいつまでも体外受精はできる、そう信じていたけどそれでよかったのか?もっと早く体外受精をしましょうというべきだったのではないか?」
自分自身の人生についても考えてみました。やり残したことはないのか、本当に自分のやりたかったことは何だったのか?ほとんど毎日を自転車操業しているように余裕のない気持ちで生きてきたのですが、恥ずかしいことに「自分がやりたいこと」が思い浮かびませんでした。忙しい時は「もう少し穏やかな日々を送りたい。」と思っていましたが、もしかすると心の奥ではコロナ前のような自転車操業の日々を送っていることがうれしかったのかもしれません。
最後にあるお医者さんの講演で聞いた話を紹介します。
「ヒトは、あと数日の命しかないと知ったときは快楽を求める。あと23か月の命と知ると、旅行をするなど逃避を求める。あと23年の命と知ると今と同じ日常の生活が続くことを求める。我々が大切に思っているものは、実は平凡な日常の生活なんです。」
皆様もいつ日常に戻れるのか、不安な日々をお過ごしと思います。治療に戻ってこられた方、これから戻ろうと思っている方、きっとまた治療で多くの大変な思いをされると思います。私たちはできる限り応援させていただきます。今回のパンデミックで辛い不妊治療の意味を少し違った角度から考えるきっかけになられた方も多くいらっしゃると思います。COVID-19を経験することで思ったこと、皆様と共有させていただければ幸いです

   
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