慢性腎臓病の発症、進展に対する組織カリクレインーキニン系の抑制機序の解明(藤田)
慢性腎臓病は糖尿病性腎症、慢性糸球体腎炎、腎硬化症などさまざまな腎疾患により起こります。慢性腎臓病が進行すると末期腎不全に至り、透析を受けなければいけなくなります。また、脳梗塞、心筋梗塞が発症しやすくなります。このように腎臓は私たちが健康に生きていくためにとても重要な臓器です。現在、慢性腎臓病の治療薬の創薬研究、開発が精力的に行われ、慢性腎臓病の予後を改善すると言われる薬が登場し始めていますが、確かな効果については今後の検証が必要です。
慢性腎臓病は糸球体だけでなく、尿細管、血管、間質などの病変も含みます。わたしたちはその中で尿細管、とくに遠位尿細管の役割に注目しています。遠位尿細管はナトリウム、クロール、カリウムなどの尿排泄や尿pHを精密に調節する最終段階の場所です。
組織カリクレインーキニン系は、腎臓では遠位尿細管(接合尿細管、皮質集合管)に限局して産生されていますが、その役割の全容は明らかではありません。私たちはこれまでこの系がナトリウムの尿排泄を増やすことにより高血圧発症を抑制すること、利尿薬や高カリウム投与が尿カリクレイン分泌を増やしてナトリウムの尿排泄を増やすことを明らかにしました。現在、ナトリウム依存性クロール/重炭酸交換体の遺伝子を欠損するハムスターを用いて、利尿薬の反応が変化するかを調べ、組織カリクレインーキニン系の腎臓での新たな作用の解明に取り組んでいます。将来的には組織カリクレインーキニン系が慢性腎臓病の発症、進展を抑制するか、動物モデルを用いて尿細管・間質病変に対する作用の面から解明したいと思います。

トランスポーターを標的としたがん・免疫疾患に対する創薬創生(林)
アミノ酸は生命活動の維持に必須の栄養素です。十分なアミノ酸を確保できない環境下では、細胞は通常の活動を維持することが困難となるため、細胞はアミノ酸量を常にモニターしています。アミノ酸が枯渇すると細胞は代謝を抑制し、エネルギー消費を抑えようとします。すなわち、アミノ酸は細胞活動のon/offを制御するシグナル伝達分子としても機能します。
アミノ酸はトランスポーターという分子によって細胞内に取り込まれます。がん細胞や活性化した免疫細胞など、代謝の活発な細胞はより多くの栄養素を取り入れるために、特別なトランスポーターを発現することがわかっています。
我々は、がんや活性化した免疫細胞で特に強く発現するアミノ酸トランスポーターの機能的重要性に着目し、アミノ酸トランスポーター阻害薬を応用した新たな抗がん薬や抗炎症薬の開発の研究を行なっています。さらには、細胞がアミノ酸を検知するメカニズムやアミノ酸により活性化されるシグナル経路の同定に関する研究にも取り組んでいます。
治療薬の開発

伝達のしくみ解明
下部尿路の薬理学的・生理学的機能解析(相澤)
下部尿路には、膀胱・尿道・前立腺等が該当します。この内我々が注目すべき疾患として研究対象にしているのは、過活動膀胱や間質性膀胱炎・膀胱痛症候群です(図1)。過活動膀胱は、急に起こる病的な強い尿意である「尿意切迫感」を主訴とし、膀胱におしっこをためる「蓄尿機能」が障害されて発症する症状症候群です。また、蓄尿時の骨盤部の痛みや不快感が特徴の間質性膀胱炎・膀胱痛症候群も最近注目され、間質性膀胱炎(ハンナ型)は本邦の指定難病になっています。いずれの疾患も、膀胱蓄尿機能障害であり、具体的には、蓄尿時の膀胱知覚が異常に亢進していると考えられています。つまり、膀胱知覚受容メカニズムと病態時における変化の知見は不可欠であると言えます。私たちは、この基礎的アプローチとして主として膀胱求心性神経活動測定(図2)を用いて、動物を用いた薬理学的・生理学的機能解析を行っています。加えて、その他の多角的機能解析も行い、病態解明並びに創薬探索を行っています。


過活動膀胱(OAB)
尿意切迫感(urgency)*を必須とする症候群であり、切迫性尿失禁を伴うことも伴わないこともあるが、通常は頻尿と夜間頻尿を伴う。
主な治療 : 抗コリン薬・アドレナリンβ3受容体作動薬等の経口投与急に起こる抑えきれない程の強い尿意
間質性膀胱炎・膀胱痛症候群(IC/BPS)
膀胱に関連する慢性の骨盤部の疼痛、圧迫感または不快感があり、尿意亢進や頻尿などの下部尿路症状を伴い、混同しうる疾患(感染症、新生物、結石、過活動膀胱など)がない状態
- ICは2015年、本邦において指定難病
- 罹患率または示唆する状態の頻度は0.01 ~ 2.3%
- 女性は男性の約5倍
- 本邦で治療中の患者数は0.004%
- 根治的な治療(治療薬)は無し



哺乳類精子の受精能獲得/超活性化運動の制御機構の解明(竹井)
哺乳類の精子は、射精されたままの状態では卵と受精できず、雌の体内で受精能獲得と呼ばれる種々の生理学的・生化学的な変化を経なければ卵と受精できない。受精能獲得した精子は、超活性化と呼ばれる屈曲が大きく鞭を打つような特殊な鞭毛運動を示す。超活性化は生体内で受精するために必要な運動変化だと考えられており、また超活性化を促進すると受精率や胚発生率が向上する。私はこの受精能獲得及び超活性化運動がどの様に制御されているのか、特にNa+やNa+駆動の二次輸送体からの解明を目指している。
受精能獲得の制御機構を研究する上で、最も重要視するべきは実際に受精能獲得が起こる場所である卵管内の環境である。そこでハムスター卵管内体液を採取し、そのイオン組成を調べたところ、体外受精などで用いられる培地と比べてNa+の濃度が高いことが分かった。そこでNa+の濃度を変化させた際に受精能獲得、特に超活性化と呼ばれる鞭毛運動への影響について調べたところ、Na+依存的に超活性化運動の発現が遅延した。このことから、Na+の恒常性に関わるポンプ・トランスポーターの超活性化運動への影響を調べたところ、Na+/K+-ATPaseやNa+/Ca2+ Exchangerなどが超活性化の制御に関わることを明らかにしてきた。現在はNa+依存的に細胞内のpHを制御するトランスポーターに着目して、受精能獲得や超活性化への影響を解析している。
哺乳類精子の酸化ストレス制御機構の解明と新規生殖補助医療の開発(竹井)
哺乳類の精子は受精能獲得と呼ばれる種々の生理学的・生化学的な変化を経なければ卵と受精できない。受精能獲得プロセス中の精子は自発的に活性酸素種(ROS)を産生する。
産生されたROSは受精能獲得に必要であることが示唆されているが、一方で過剰なROSは精子を損傷する。そこで、受精能獲得とROSの関連について、①生理的なROS産生の分子機構. と②自ら産生するROSから自身を守る保護機構. の二つについて研究を行っている。さらに、男性不妊患者では精液や精子の酸化ストレスレベルが上昇していることが知られていることから、ROSから精子を保護する分子機構を解明することで、その保護に関わる分子を用いた男性不妊治療への応用を目指している。
膵臓の内外分泌応答の解析(森田)
膵臓は糖代謝の調節と消化液の分泌などの様々な機能を担う臓器であり、内分泌腺と外分泌腺から構成される。内分泌腺は血糖を調整するホルモンであるインスリンやグルカゴンなどを分泌し、外分泌腺はアミラーゼやトリプシンなどの消化酵素を分泌する。これまで内分泌能と外分泌能は別々に評価されることが多かった。しかし、膵臓は内外分泌能を備える一つの臓器であり、両分泌能を並行して評価することが膵臓を理解する上で重要と考えられる。我々は実験動物の摘出膵臓をオルガンバス実験系に応用し、刺激に対し内外分泌能を同時に評価できる実験系を構築した。現在、同実験系を用いて分泌誘導物質の検索や生体内に存在する低分子物質の膵臓における影響の解析を進めている。また、生活習慣病の一つである糖尿病は、血糖降下ホルモンであるインスリンの分泌及び作用の低下により定義される疾患である。インスリン分泌能を有するβ細胞の機能維持・細胞保護機構の解析は、糖尿病治療の発展に重要である。我々はin vivo / ex vivo / in vitroそれぞれの観点からβ細胞の分泌・機能維持・保護機構の解析も進めている。
小胞輸送と疾患(東)
小胞輸送は、膜の分裂や融合による膜小胞を介したオルガネラ間および細胞膜とオルガネラ間でタンパク質や脂質などを輸送する物流システムです。実社会において、物や人を輸送する物流や交通の障害は、社会機能を停止させるように、細胞においても小胞輸送という輸送システムは細胞の恒常性維持に不可欠であり、その破綻は様々な疾患を引き起こす要因となります。小胞輸送の不全は、がん、心疾患、自己免疫疾患、神経変性疾患、肥満症、ウイルス感染症等の様々な疾患に関与しており、小胞輸送機構の解明は医学の発展に大きく貢献するものと考えています。さらに、近年の解析技術の高度化や新規解析技術の登場により、これまで捉えることのできなかった輸送機構が新たに発見されており、疾患の発症メカニズムの解明に迫る成果が期待されています。
現在は、細胞内小胞輸送における中心的機能分子であるSNARE系の新規関連分子であるTaxilin familyの機能および疾患との関係性について、分子生物学・生化学的解析やマウスを用いた生理学的解析および行動解析を行い医学へ貢献を目指し研究に取り組んでいます。