哺乳動物の頭蓋画像データベースの素材となる高品質低歪ディジタル画像を獲得・処理するためのシステムを開発し、実際に1000個体を超える標本の撮影を6方向(前後左右上下)から行った。
撮影予定枚数は、1万枚を超えることが最初から予測されたので、撮影はできるだけ簡便に行うことができ、すぐにその結果を確認できるようなシステムであることが望まれる。さらに、一枚あたりの単価が安いこと、データベース化のための労力が少なくて済むこと。最後に、以上のような要求を満たしながらも、画像の品質が極めて高く、各種のデジタル処理や利用者による再利用のためのさまざまな画像変換によっても、画質の劣化が最小限に抑えられること、そして利用者の多様なニーズに答えるべく、6方向からの厳密な規格写真を提供すること、を目標とした。
2個の撮影台(一つは反射板を含む)、デジタルカメラおよび、画像処理用のパソコンから構成される。
前後左右方向の撮影は、大型カメラ用の三脚(SLIK THE PROFESSIONAL 4)の雲台上に板をネジで水平に固定し黒布を被せ、この上に標本を置いた。板の水平は、板上に水準器を置き、三脚の脚の長さを変えて調整した。さらに、三脚の鉛直軸まわりの回転に対しても、水平が保たれるように雲台の微調整を行った。
上下の方向の撮影は、大型・中型の標本では、黒布を被せた移動台(キャスター付)を床の上に置いた。上面の撮影は、標本を直接黒布の上に置けばよいが、下面の撮影は、固定が難しい。このためには、発泡スチロールの板の中央部を頭蓋冠がはまるように切り抜き、移動台と黒布との間にはさんで、頭蓋底の硬口蓋面が水平に固定できるようにした。小型の標本では、撮影距離が短いので別の三脚の上においた水平板を用いて、床から浮かせた。このようにして、水平に置かれた標本の撮影は、その上方に45度に傾けて設置した反射板を介して行った。これによって、一台のカメラで、レンズのの光軸を水平に保ったまま、三脚の鉛直軸まわりの回転だけでほぼ等距離からの撮影が6つの全ての方向で可能になった。反射板には、特注した表面鏡を用いた。通常の鏡では、銀面の反射とガラスの表面反射のために、被写体が二重に写ってしまい、画質が著しく劣化するからである。
当初、発注した表面鏡は、ゾウの頭蓋も撮影可能な 1200mm x 750mm で、厚さは 5mm であったが、撮影途中で45度に傾けて設置した表面鏡が自重による歪みが発生していることが判明し、急遽小型 (500mm x 500mm) で、厚い (10mm) ものに替え、以前に撮影した標本の撮り直しを行った。また、ゾウなどの大型のものは、厚い通常の鏡を用いて、偏光フィルタをレンズに被せて撮影するという手法も検討した。多少暗くなるが、二重写りはほとんど目立たない。
プロ用ディジタルカメラ KODAK DCS 460c (600万画素、3060 x 2036 画素)を用いた。このカメラの特徴は、Nikon N90 (日本名F90) をベースにして、600万画素CCDのデータバックが装着された構成である。廉価版のデジタルカメラと違い、ニコンマウントの高性能低歪レンズを利用可能である。画像の鮮明さおよび撮影時間の節約を追究するために、単焦点のオートフォーカスレンズである、AF-I Nikkor ED 500mm F4D (望遠レンズ) と AF Nikkor ED 200mm F4D (望遠マクロレンズ) を選択した。長焦点レンズを選んだのは、パースペクティブによる歪みを減少させるために、遠距離からの撮影を行うからである。500mm 望遠レンズを用いて、中型標本は、5m、大型標本は、7.5mから20mの距離で撮影した。小型標本の撮影はでは、200mm 望遠マクロで 1.2mの距離から行った。撮影した画像データは、データバックに付属のカード型ハードディスク(TypeIII) に保存する。530MBのもので81枚の撮影が可能である。
35mm写真フィルムを用いて撮影した画像は、CCDカメラに換算して1200万画素以上の解像度に匹敵するといわれている。しかし、撮影済みのフィルムはラボに出して現像しなければ、見ることができない。さらに画像データベース化するためには、そのフィルムをスキャナーでデジタル化しなければならない。高解像でスキャンするには、かなりの時間が必要である。これに対して、今回用いた DCS 460c は、多少の解像度の低さを我慢すれば、画像のチェックがその場で可能なこと、現像代やフィルム代が全く掛からないこと、デジタル変換が不用なこと、などのメリットがある。処理が迅速で安価であることは、我々の目的に叶う。写真フィルムをコダックのラボで PhotoCD にするという選択肢も考えられる。しかし、即時性や経済性(写真一枚あたり約100円)の点で、一万枚を超えるような撮影をする状況では、高解像度デジタルカメラに軍配が上がる。
カメラ本体とレンズは、GITZO 製の三脚と雲台 (G502, G1570) に取り付けた。6方向からの規格写真の撮影を大量にかつ精密に行うためには、信頼性の高い、使い勝手のよい三脚と雲台を選ぶことが、作業効率の上からも非常に重要なことである。
ライティングは、各撮影台に電球型蛍光燈4灯、合計8灯用意した。このときの露出条件は、絞りF11、シャッタースピード 1/5 秒であった。光源としては、自然光、白熱灯、ストロボなどが候補として前もって検討し、これらの全てについて試行錯誤の結果、上述の条件を採用するに至った。これも時間の節約の問題が重要なポイントであった。撮影された画像は、すでにデジタル化されているので各種の画像処理を加えることは、それほど難しくはないが、約1万枚の画像に対して手作業で各種の処理を加えるのは、途方もなく時間がかかってしまう。したがって画像強調や色合いの調整などの処理は、全く加えなくても使えるようなライティングの条件を決定するすることが重要にある。各種のライティングのチェックの結果、黒背景に白っぽい骨の色調を忠実に再現するためには、白熱灯もストロボも色バランスが悪く、このカメラでは全く使えないことがわかった。ほとんどの場合、極端に青味を帯びてしまう。一方、蛍光灯でもシェードを用いると同じように青味を帯びてしまう。この青味を取り除くために、シェードを艶消しの耐熱黒ペンキで塗り、電球型蛍光燈4灯を用いることに最終的には落ち着いた。この電球は、この他に低温で扱い易くかつ、耐久性に優れていることが後に判明した。二年半近く、かなりの累積時間を撮影に用いてきたが、一度も球切れによる交換はしていない。標本撮影では、絞りは出来るだけ絞ったほうが、被写界深度が大きくなるのでF22あたりの設定で撮影したかったのだが、シャッタースピードが1秒を超えるようになると、画像にノイズが発生するようになった。これは、CCDカメラの特性らしい。
DCS 460c は、35mm写真フィルムに比較して解像度は低いが、この画像をパソコンのモニタ (1200 x 1000) 上で観察するには十分である。むしろ、3000 x 2000 では無駄に解像度が高いのではないか、という感想を持たれる方いるかも知れないが、頻繁に撮影距離を変えて撮影しているわけではないので、画像全体に占める標本の割合が小さい場合もありうる(小さく写っていることもある)。また、骨の特定の部分にのみ関心を抱いて、拡大して観察する場合などは、この程度の解像度がないと、画像の粗さが目立ってしまうことになる。
画像の表示や各種処理のために用いたパソコンは、PowerMac 9600/300, PowerMac7300/G3(233), PowerMac/G3-233 などのアップル社製のパソコンである。デジタルカメラの PCカードに保存された画像(一画像約6MBの圧縮TIFF画像)は、PowerMac 9600/300のカードリーダで読み込み、MO (640MB) に保存し、さらにCD―Rメディアにバックアップをとった。現時点でのバックアップCD−Rの枚数はすでに120枚を超えている。
画像の表示は、Adobe Photoshop のプラグインソフトによって、CD−Rから読み込み、画面上に表示(展開して約17MB)できる。表示された画像をチェック(別項で詳述)したのち、鏡像の反転などの画像処理を行い、JPEG(medium)形式に圧縮(約300KB)して、パソコンのハードディスクに保存し、データベースの直接の素材となる原データを作成した。
骨庫から標本の入った標本ケースを撮影室へ移動し、標本の状態をチェックし、破損の酷いものは除外する。簡単なクリーニングを行い、汚れや付着しているゴミを取り去る。撮影距離を頻繁に変えずに済むように、同系統・類似サイズの標本をひとまとめにした。また、晒骨の過程で歯が抜け落ちているものが多数あり、撮影の前に歯入れを行った。前処理の済んだ標本ケースには、色シールで印を付けた。
撮影を開始する前に、ライトの球切れ、ライティングのムラ、撮影台の水平、表面鏡の平面性、シェードの方向(電球の光が直接レンズ入っていないか?)などに関するチェックを必ず行う。
撮影は二人一組で行い、一人(撮影補助者)は標本のセッティングを行い、もう一人(撮影者)はデジタルカメラとパソコンの操作を行う。前処理の済んだ標本を撮影台の上に静かに置く。標本の位置は、ほぼ雲台の鉛直方向の回転軸の上にくるようにする。下面の撮影以外は、原則として耳眼平面が撮影台の面と平行になるようにメジャーを使って注意深くセットする。下面の撮影は、頭蓋底の硬口蓋(または上顎の歯列)が撮影台と平行になるように置く。標本の中には、オルビターレ(眼窩の下縁点)がはっきりせず、耳眼平面が確定できないものがある。この場合は、耳眼平面ではなく、硬口蓋(または上顎の歯列)が水平になるようなセッティングを行った。標本の耳眼平面の水平は、各種のサイズの艶消し黒に塗ったクサビ型の木片を用いて調整した。また、後面の撮影では、クサビの代わりにスプリングを用いて、頭蓋底の部分がある程度観察可能なように配慮した。前後左右の撮影では、犬歯の先端が布へ食い込むの避けるために黒の硬質ゴムで犬歯を支えている。
耳眼平面の微調整は、撮影者がファインダを覗いて、カメラを上下に振るように雲台を動かして(雲台の横軸まわりの回転)、ファインダ内に見える枠を使って確認する。この際に、撮影者は、第一に撮影台の水平方向がファインダ内の横の辺と一致するように雲台をレンズの光軸まわりに回転し、第二に標本がファインダの中心に位置するように鉛直軸まわりに雲台を回転する、などの微調整を前もって行っておく必要がある。耳眼平面を水平にセットしたあと、標本を遮らないように出来るだけ端の方に、スケールと撮影番号を一緒に写し込むようにセットする。撮影番号は、通し番号である。2000年2月の時点で11000を超えた。スケールの目盛りは、厳密な定量的な分析に必要になる。標本の奥行きの中間の深さの位置にセットした。
前後左右の面の撮影は、同じ撮影台の上で行い、耳眼平面のセットは一度行えばよい。撮影番号は、各撮影ごとに忘れずにカウントアップさせる。一度セットした標本は、雲台を垂直軸まわりにして順次4方向の撮影をしていく。ただし、後面の撮影のときは、スプリングによって耳眼平面のセットをもう一度行う。90度の回転のたびに、撮影者は、回転の微調整を撮影補助者に指示し、前後および左右の方向を確定する。この方向の確定は、全体的な対称性や歯の重なり具合などを、必要に応じてファインダに装着した拡大鏡や別の望遠鏡などを用いて、撮影者が総合的に判断する。
標本、スケール、および撮影番号のセッティングが完了したのち、撮影者は、背景の状態(黒布が途切れていないか、シェードがファインダ内にかぶっていないか)を確認する。最後に、撮影補助者に合図をおくり(ファインダの視野から離れてもらう)、シャッターレリーズを半押しの状態にして、フォーカスを自動で合わせ、最終確認の後、シャッターを切る。通常は、標本の一番手前にフォーカスが合っていることになる。ところが、小標本で望遠マクロレンズを用いて行った撮影のうち、特に前面の撮影では、狭い被写界深度のため輪郭部分およびスケールの目盛りのボケが著しくなる。これを緩和するために、スケールの位置を奥行きの前1/4に変更し、スケールの位置にレンズのフォーカスを合わせ、ロックした後に、標本がファインダの中心になるように再び雲台を回転して撮影を行った。他の3方向での撮影では、スケールの位置は奥行きの中間点に置き、スケールへのフォーカスのロックも行っていない。撮影距離5m以上20m以下の中型・大型標本の場合は、前面の撮影でも以上のような補正を行う必要は感じられなかったので行っていない。
上下の面の撮影は、別の撮影台を用いて行い、上面は耳眼平面、下面は口蓋面が水平になるようにセットして、表面鏡に映った像を撮影する。撮影者は、撮影台の位置・回転ならびに耳眼平面あるいは口蓋面の方向の微調整を指示する。その後、スケールと撮影番号の位置(できるだけ端へ)・傾斜(ファインダの枠に平行)を指示したのち、先ほどと同様にシャッターを切る。上下の面の撮影は、鏡越しに行われるので、位置や回転の指示に多少の熟練を要する。
撮影者は、各撮影後に撮影ノート(撮影日、撮影者名、撮影補助者名は予め記入しておく)に、撮影番号(ファインダ内に見える番号を書き写す)、標本番号、撮影方向、撮影枚数(通常一枚)、保存用のフォルダ名、ファイル名、撮影時刻、備考(セッティングの状況および標本の状態など)を記録する。
6方向の撮影が完了すると、撮影補助者は撮影済みの色シールを標本ケースに張り付け、未撮影標本と混ざらないように注意し、次の標本のセッティングの準備にとりかかる。
撮影して保存された全ての画像は、チェック・シートの項目にしたがってチェックを行った。チェック項目は、ピント、ブレ、耳眼水平、歯の重なり、犬歯の先端の食い込み、標本の傾斜、標本の回転、標本の対称性、撮影台の傾斜、スケールの歪み、スケールの回転、スケールの位置、目盛りの視認性、撮影番号の判読、その他(標本表面の標本番号の判読、ライティングのムラなど)の合計15である。各画像で全ての項目を調べるわけではない。方向によって、10から12項目のチェックを行った。この結果、ひとつでも不適切な項目が確認された画像は、再撮影を行った。
再撮影の方法は、上述した通常の撮影と全く変わらない。データベース化される段階で、すでに撮影された画像と入れ替わることになるので、撮影の段階ではそのようなリプレースは行わず、撮影済み標本のうちで指定された不適切な方向についてのみ撮影を行えばよい。したがって、カウントアップした新たな撮影番号が割り振られる。2000年2月までに撮影した11000枚のなかには、約3000枚以上の再撮影(再々撮影も含む)分が含まれている。(高橋)